(1)冗談はわからないが一緒に笑う(バンクロフト基金生の記録)



このブログは1996年に発行された小冊子に基ずいた内容に近況を加えたものである 

まえがき 一人息子の淳一郎が、高校卒業と同時にアメリカの大学に留学したのは、1977年8月であった。彼はバンクロフト奨学基金(*下記注)の留学生としてアメリカで四年間勉強することになった。留学先は、イリノイ州のゲールズバーグという小都市にあるノックス大学。この大学は奨学基金の創始者バンクロフト駐日大使の母校である。この冊子は、その四年間の親子の間に交わされた手紙の一端である。 親子の間に交わされた手紙は、第三者には面白くもおかしくもない、退屈な読み物に違いない。その上、私信を冊子等にまとめることは、人様の私事に触れることが多分にあるので、なかなか実現できなかった。いろいろ考えている間にとうとう二十年近く経過してしまったのである。 しかし退職後退屈しのぎに色褪せた手紙を読み直しているうちに、これは我が家にとっては貴重な財産ではないかと気付いた。記録として残しておく価値があるのではないかと考え、人様に失礼のないよう十分に配慮することを第一にして発行することにした。 そこで習い始めたワープロで私が入力することにした。一日二ページをノルマとしたが、入力だけで約半年を要したことになる。白内障手術後の目には良くなかったかもしれない。 (1996年4月22日 足立五郎)

注:バンクロフト基金は後日グルー基金と統一され現在はグルーバンクロフト基金として運営。

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