(93)1979年10月15日 淳一郎 不振のサッカー
10月半ばを過ぎて、やっと手紙を書かなくてはという気になりました。とにかく忙しいのです。3年生としていろいろな方面で責任ある仕事をするし、サッカーチームは不振で頭が痛いし、友人関係でもゴタゴタがあるし、クラスもなかなかきついしと、言い訳はいくらでもあります。
その後元気ですか。羽根先生にはお会いできましたか。今年はバンクロフト奨学生としていろんなことに繰り出される年になりそうです。ご存知のようにバンクロフト奨学基金は、今年で50周年を迎えることになります。羽根先生が中心になっていろいろな催しがあるのです。
9月早々には、日本の現代版画作品展がノックス大学でありました。シカゴ総領事の尾高氏を招待しました。学長の家での夕食会には僕も呼ばれました。これを機会に冬休みや夏休みに、シカゴ総領事館でアルバイトをと考えいろいろ手を尽くしています。
学長との奇縁から、先日は「Trustee」と言って全米の知識人・富豪との夕食会にも呼ばれました。バンクロフトの奨学生であるということだけでなく、サッカーの中心選手であるということは大いに宣伝になっています。春には、ライシャワーかインガソル元駐日大使が見える可能性があります。楽しみです。
卒業後のことですが、日本の大学院のことを調べて知らせてください。試験日・内容・日時など。
サッカーのことですが、今年はまだ一度も勝っていません。ゼロ勝7敗です。去年のスターテイングメンバー7人を失ったとはいえがっかりです。来年にかけるしかありません。チームの全得点3点は全て僕の得点です。
筆不精もいいところ、まったく申し訳ないことです。再度渡米してから今回が最初の手紙ですね。もっとも、だれからも手紙をもらっていません。気にならなくなりました。2年前に比べると何たる変化でしょう。
元気でやってください。
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