(63)1978年6月27日 高校生たちの監督 淳一郎
インドネシアの友達から料理を習う クリスマスの頃、こちらの気温を度々お知らせしたことがありましたが、また、その機会が訪れました。まだ6月なのに華氏で90度を超えることが度々あります。摂氏でいえば33度ぐらいですが、時には36度ぐらいになることもあります。雷が鳴り、竜巻で家が飛ばされるなど、気候は大変厳しいところです。それに大変蒸し暑いところです。 トウモロコシは、今人の腰あたりまで伸びてきて、だんだん仕事がきつくなってきました。高校生を監督する仕事が始まりました。僕の言うことを聞かない時は、すぐに首にします。中には、12,3歳の子供もいます。勿論違法です。女の子も大勢来ています。よく頑張っているのには感心します。僕も真っ黒に日焼けしてしまいました。 サッカーのワールドカップは、とうとう一試合も見られませんでした。残念です。サッカーマガジンの最近号を送ってくれませんか。来月あたりワールドカップの特集号が発行されると思います。 昨晩は、羽根先生の家で夕食をご馳走になりました。羽根先生は11月末から4週間ほどノックス卒業生のおばさんたちのツアーガイドとして、日本・香港に行きます。12月中旬から2週間ほど東京に滞在することになっています。先生には、「是非、僕の家によってください」とお願いしておきました。加藤さんとも打ち合わせて機会を作ってください。 今学期の成績をお知らせしたでしょうか。数学A、西洋史C、焼き物Cでした。思ったとおりの成績でした。今秋は、もう一つの数学、スペイン語、それに必須のクラスを取ることになっています。必須のクラスは、米人学生でもきついクラスで有名です。本をどっさり読まなくてはならないし、ペーパーは一杯書かなくてはならないそうです。いったいどうなることでしょうか。 7月4日は、アメリカ独立記念日です。お母さんの誕生日でしたね。おめでとうございます。お父さんの誕生日(8月9日でしたね)と一緒にして、何かプレゼントしたいと思っていますが、もう少し待ってください。 アルバイトの心配とは裏腹に、この夏は退屈することのない、いや、その暇もない充実した思いでの夏になりそうです。仕事の経験だけではなく、自炊生活、友達との共同生活などです。 蛍が、嘘のようにたくさん飛び交っています。 ではまた。