(16)1977年9月20日 名前が新聞に載る (淳一郎)
今僕には、四つの楽しみがあります。食べること、寝ること、サッカー、それに手紙です。今日は陽子ちゃんから手紙が来ました。9月になってから書いた四十通の手紙の返事第一号です。嬉しかった。
一大ニュースがあります。僕の名前が二つの地方新聞に載りました。大学新聞にも載りました。サッカーの開幕試合で、僕が得点したのです。試合前日の大学新聞には、スターテイングメンバーとして、ストライカー、Junichiro Adachi Yokohama Japan。試合翌日の地方新聞にはJuidiro Adachiが点を入れて勝った。と出ました。JunichiroがJuidiroと間違って印刷されてました。
とにかく大変な一日でした。朝七時半に大学を出発、四時間のドライブ、それからもの凄い暑さの中で試合をしました。前半は0対2、前半終了間際に1点を入れて前半終了。後半20分ごろ、自分でも目の覚めるようなシュートが入って同点。延長後半に又得点して逆転勝利。勝利の感激は久しぶりでした。帰りは車の中で、文字通り勝利の美酒(ビール)に酔いました。
昨シーズンの成績は、中西部で準優勝だったようです。そこで、今年こそはとみんな張り切っています。だけど正直に言うと下手ですね。高校の時の方が上手な選手がいたと思います。ただ体が大きいので迫力があります。はっきり言ってこの時からみんなの態度が変りました。勿論僕も変りました。チームの一員に本当になれたような気がします。サッカーチームを中心にして友達が出来ました。図書館で勉強していても、話しかけてくれるようになりました。練習もより楽しくなりました。
荷物はまだ届きません。カセットもまだです。気がやきもきします。もっと早く届く方法はないでしょうか。航空便だったらどのくらいかかるでしょうか。早いほうが助かります。
お金はまだ三百ドルぐらいあります。クラスが始まってからはほとんど使いません。夜コーヒーを飲むくらいです。全然キャンパスから出ないんですから金を使う機会も時間もありません。サッカーの靴やユニフォームも大学のものを使っています。洗濯も大学でしてくれます。サッカー以外のものは自分で洗います。試合に行くときは、交通費も食事もただです。高校時代休日の度に弁当と持って電車賃を払って試合に行ったのとは全然違います。
とにかく、大学いもアメリカにも慣れて、マイペースが出来たことをお知らせします。授業は相変わらずやさしくありません。高校の数学IIBかIIIを送ってください。家にはありません。ではまた。
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