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(58)1978年5月20日 アルバイトはトウモロコシ農場 淳一郎

今週末は「Parents Weekend」といって多くの親たちが大学を訪れています。すばらしい天気で芝の緑が燃えるように輝いています。クラス・クラブ・仕事で忙しくて手紙がかけなくて申し訳ありません。元気でやっております。 後二週間余りで夏休みになります。夏の仕事が見つかりました。ゲールズバーグの近くのトウモロコシ農場で、10週間働くことになりました。7月中旬の種蒔きの時期を中心に、高校生を現場で監督したり、食事の世話をしたりする仕事っです。僕にとっては、なかなかいい経験になると期待しています。1時間4ドルです。忙しい時は、週7日、一日10時間も働かなくてはならないとか。体が第一の仕事です。 この仕事もなかなか競争が激しくて、よく雇ってくれたと思っています。面接の時自分を売り込むための作り話をしたのが良かったのか、クラブのコネがきたのか、いずれにしてもやれやれといったところです。 6月いっぱいは、「Fiji House」に住みます。1週間10ドルぐらいかかります。7-8月は教授の家の留守番ということで、ただで友達と2人で住むことになります。焼き物のクラスは非常に楽しく、かつ有益でした。先生は韓国人で、授業は何となく日本の授業を思い出させる論理の展開で、僕を引っ張ってくれました。今、美術を専攻しようかと考えるようになりました。続けて焼き物を取りたいのですが、夏は忙しくなるしs、秋はまた必須のクラスがあるのでなかなか思うようにいきません。 夏休み中は、できるだけ沢山の本を読もうと思っています。雑誌を読むとどうしても視野が狭くなるようだし、情報に流されがちになります。異国の片田舎で生活していることを利用して、日本や世界で起こっていることをしばらく忘れて、仙人みたいな生活をしてみたいと思っています。次の本は多分岩波文庫に出ていると思います。送ってください。ダンテの神曲・トマスモアのユートピア・マキャベリの君主論。その他古典的と思われる本を適当に見計らって送ってください。 ところで、この秋はアルバイトと勉強をかねて「日本語」を教えることになりそうです。今のところ、2,3人希望者がありますので、羽根先生とも相談しているところです。来年の夏は、友達を連れて帰るかも知れません。その時はよろしく。 ではまた。

(64)1978年7月10日 よく働くアメリカの子供たち 淳一郎

アルバイトも、5週目になりました。来週からは、トウモロコシの穂を取り除く作業が始まります。この2週間ぐらいが一番忙しい時期だそうで、休みはありません。時には朝四時から夜まで働く日もあります。14-16歳の子供たちが、200人以上並ぶとなかなか壮観です。トウモロコシは僕の背より高いので、彼らを監督するのは大変です。毎日5-6人が首になります。僕たちが首にするのです。しかし、彼らと働くと楽しいことがあります。昼休みはランチを交換したり弁当を作ってきてくれないかと頼むと、翌日はちゃんと持ってきてくれます。 今朝、仕事に行く途中車のタイヤがパンクしてしまいました。勿論、僕はどうしてタイヤを交換して良いか分かりません。面目丸つぶれの感があったのですが、さすがに男の子たちはよく心得ています。近くの農場へ行って道具を借りてきてさっさと交換してしまいました。タイヤの交換に限らずこちらの子供は車の修理、家のペンキ塗りなど子供の頃からやっているのでよく知っています。 先週「FIJI House」から教授の家に引っ越しました。今今年ノックスを卒業したインドネシア人と一緒に住んでいます。さすがに4年間の経験のためか、彼は買物のこつから、電機・自転車(僕らの唯一の交通機関)の修理まで一人で上手にやってくれます。料理やペンキ塗りが得意で、教授連の家から引っ張りだこです。ただただ感心するばかりです。物理専攻とあってメカには詳しく、生活のこつも心得ている感心な男です。彼をみているとTVぐらいは直せないと、よき夫、父にはなれないのでは。。。などと気を揉んでいる毎日です。何も知らない、何も出来ない自分を情けなく思う時がしばしばあります。この夏は、なんとしても車の免許だけは取ろうと思います。車の運転ができないのでは仕事の範囲・種類が限られてします国ですから。 卒業後、婚約したり結婚したりする友達が続出、僕にとっては、ただ驚くばかりです。毎日走っているので、体重は一年前に戻りました。

(65)1978年7月24日 いろいろなアメリカの子供たち 淳一郎

仕事は、目下山を迎えて、きついけれどもやりがいのある毎日です。1週間休みなし。1日11-13時間の労働、200人から250人の子供たち。今日初めてトラクターを運転しました。週末は、4時起床。この土日で100ドル稼ぎました。 トウモロコシは、僕の背丈よりも高く、風は通らないし、虫には噛まれて痒いし、精神的には参ってしまうことがあります。そういう時に限って、子供達も仕事をさぼるので首にしたり、怒鳴ったりしなくてはなりません。これだけの子供が集まっていると、いろんな子供がいます。 黒人、ベトナム人、頭の少し足りない子、警察に捕まってばかりいる子など、少しも目が離せません。加えて、町と町の間に敵対意識みたいのがあって毎日喧嘩が耐えません。いつも仕事の終わった後、喧嘩の相談をしています。 しかし、楽しいこともあります。僕たち15人のリーダー対子供達という関係ではなく、一つのチームというムードが出来てきました。仕事が終わって帰るときのきたないハエだらけのバスの中は、想像も出来ないほど楽しいものです。 バスが泥に埋まって動けなくなればみんなで押しあげたり、どのくらいスピードが出るか試したりします。ベトナム人の中には、英語の話せない40代のおじさんがいます。子供と同じように扱うわけにもいきません。困惑することもあります。いわゆるベトナム難民です。日本で2ヶ月過ごしてからこちらに渡ってきたようです。 このアルバイトも半分終わりました。後4週間たらずで終わりになります。そこで、10日間ほどケンタッキー・ワシントン・ニューヨークなど友達を訪ねながら見てきたいと思っています。去年お世話になった人々にも会いたいし シカゴの友達にも会いたいし。9月3日からサッカーの練習が始まるので クラスの始まる前に帰ってこなくてはなりません。サッカーのことを考えると疲れもいっぺんに消えてしまいます。渡米1年目の夏は、汗をかきながらトウモロコシ畑の上で迎えています。ではまた。 PS畑や道の上は田舎の大分の匂いがします。

(67)1978年8月1日 ボーナスはセントルイス旅行 淳一郎

小包みが届きました。サッカーマガジンありがとう。円の為替レートはあがる一方ですね。全く驚くばかりです。おかげでインフレにもならず僕にとっては有難いです。車を買ってしまいました。850ドルの中古品ですが、よく走ります。車に詳しい友達に見てもらってから決断しました。ついに今までの中で一番高い買物をしてしまいました。 この夏これまで1400ドルほど稼ぎました。一昨日まで、17日連続、毎日13時間近い労働で、300人近い子供を相手にした仕事の山も終わり、残り三週間は、いろんな雑用やトラクターの運転などです。1週間90時間近い仕事というのもさることながら、アメリカ人に混じって1人前に仕事をした経験は、何よりも貴重な自信となりました。 僕たちの働きぶりは、きわめて成功だったようで、来年の夏の仕事も保証されました。この週末は、ボーナスとしてセントルイスへ1泊2日の招待旅行に出かけます。 お父さんは51歳の誕生日を迎えますね。おめでとう。 最近手紙を書くたびに漢字を忘れていることに気がつきます。これからの1年間も完全に日本語とは離れることになります。もっともっと忘れることでしょうね。別に心配することではないと思いますが。 今は8月末の休みをどうするか。秋の学期後は何をするか考えています。それに、サッカーシーズンの到来を待ちわびています。もしかしたら、車で遠くニューヨークまで行くかも知れません。ブラウンにも寄ってみたいと思っています。 明日の金曜日の晩は、子供達と豚の丸焼きパーテイーです。子供が150人集まります。夏祭りというか収穫祭というか、恒例の年中行事だそうです。そして、土曜日はKnox County Fairというのがあります。竹田の夏祭りの規模を小さくしたようなものです。トラクターや牛、馬、野菜などの品評会があります。いつかお父さんが話していた「フートーラン・マーカンハクサイ」のことが思い出されます。日本もアメリカも田舎の生活はにたようなものがあります。気さくで、陽気で、酒好きで、互いにみんな知り尽くしているというのも、お父さんの話していた九州の竹田と同じです。こういう生活が、アメリカに来て初めて出来るというのも不思議です。 ではまた。 *1大分県竹田市のこと。父の郷里 *2「太らない・巻かない白菜」ということをジョークと方言で。