(27)1977年10月24日 (五郎)

12日付けの手紙22日受領。今回は時間が掛かっている。国内ではこのようなことは滅多にないのだが、これが外国郵便ということか。17日に羽根先生からの書簡拝受。日本語が上手なことには敬服。鄭重・躊躇・流暢など日本人でも若い人たちは使わないような言葉を自由に駆使しています。概要は、「淳一郎君は、サッカーを核にしてたくさんの友人が出来て元気にやっている。外国からきた学生としては英語が流暢。勉強が忙しくて寂しがっている暇はないようだ」と。早速、これからもいっそうのご教授をお願いしたいとの「鄭重」な礼状を書いて投函。先生のところに持参した焼き物が益子焼。浜田庄司作ではなかったかな。 「益子焼」栃木県益子町で作られる陶器。嘉年年間(1850年)から作られた。安政年間京都風の物も作られた。作品は素朴な土瓶・土鍋・片口・すり鉢など日用雑器が主だったが、販路を江戸にまで及ぼした。1924年、浜田庄司氏が定住して民芸運動を起こしてから、日本を代表する焼き物となる。特に、山水を描いた土瓶が有名。浜田庄司氏は72年文化勲章を受章。 羽根先生は、東洋史の専攻だそうだから日本の民芸については、私などよりご造詣が深いことは当然。喜んでいただいて本当に良かった。 数学のテストが96点でクラスでトップだったそうでおめでとう。高校時代の復習内容であっても良いことは同じだ。留学生が理科系に進む人が多いのは、ことばの障害があることは私にも分かる。現在の自然科学分野はまさに日進月歩、その進歩発展をコントロールする人文科学や政治力の向上が、期待される時代になっているように思う。 初めての冬、凍傷に注意。

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